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TEAM KANO戦記

美味しそうなこと、オモシロそうなことに必要以上に情熱を注ぐ人たちの記録です。スカッシュについても思いついたことを書いてみようかと。 パスワード希望の方は、実名フルネームを明記してteamkano@gmail.comまでメールしてください。

責任

おそらく期間限定公開だと思われるので、お早めにお読みいただきたい。
内田樹が「責任」について書いている内容に、深く頷く。

内田樹先生の凱風館講義 「責任を取る」ことなど誰にもできない




以下、一部を引用。


私たちが責任について思考できることは、ひとつだけです。それは、どうすれば「責任を取る」ことを求められるような立場に立たないか、ということ、それだけです。

勘違いして貰っては困りますが、それは何についても「私は知らない。私は関与していない。私には責任がない」という言い訳を用意して、逃げ出すということではありません。

まるで、逆です。

だって、その人は「私には責任がない」と言い張っているわけですからね。いかなる不祥事が起きようと、他人が傷つこうと、貴重な富が失われようと、システムが瓦解しようと、「私には責任がない」。そんなことをうるさく言い立てる人間ばかりだったら、世の中、どうなりますか。「私には責任がない」と言う権利を留保している人間だけで構成された社会を想像してください。そりゃすごいですよ。電気は消える。水道は止まる。電車は来ない。銀行のATMは動かない。電話は通じない。その他もろもろ。

きちんと機能している社会、安全で、そこそこ豊かで、みんながルールをだいたい守っている社会に住みながら、かつ「責任を取ることを人から求められないで済む」生き方をしようと思ったら、やることはひとつしかありません。

それは「オレが責任を持つよ」という言葉を言うことです。


これも考えればすぐにわかりますが、構成員全員が「オレには責任ないからね」と言い募り、不祥事の責任を誰か他人に押しつけようと汲々としている社会と、構成員全員が自分の手の届く範囲のことについては、「あ、それはオレが責任を持つよ」とさらっと言ってくれる社会で、どちらが「誰かが責任を取らなければならないようなひどいこと」が起こる確率が高いか。

まことに逆説的なことではありますが、「オレが責任を取るよ」という言葉を言う人間が一人増えるごとに、その集団からは「誰かが責任を取らなければならないような、ひどいこと」が起きるリスクがひとつずつ減っていくのです。そして、まさに集団構成員の全員が「オレが責任を取るよ」と言う社会では、「誰かが責任を取らなければならないような、ひどいこと」が起きても、それについて「誰の責任だ」と言って口を尖らせて「犯人捜し」をするような人間はひとりもいなくなります。だって、みんなその「ひどいこと」について、自分にも責任の一端があったと感じるに決まっているからです。「オレにも責任の一端はある」と思って、内心忸怩たる人間がどうして「責任者出てこい」というような他罰的な言葉をぺらぺら口に出すことができるでしょうか。

長くなりましたので、結論を申し上げます(もう申し上げましたけど、まとめ)。

責任というのは、誰にも取ることのできないものです。にもかかわらず、責任というのは、人に押しつけられるものではありません。自分で引き受けるものです。というのは、「責任を引き受けます」と宣言する人間が多ければ多いほど、「誰かが責任を引き受けなければならないような、ひどいこと」の出現確率は逓減してゆくからです。





ふむ。
読んでいて、3年前私が「こんな髪型になるきっかけとなった出来事」を思い出した。

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mixiに書いた、長男ヨッシーが高校1年のときのお話。

「私が責任を引き受けます」と言ってくれるセンチネルのような人がいるから、何とか世の中が回っている傍証の実話である。
読み返すとこっ恥ずかしいけど、以下転載する。





「青春ドラマのような」


月曜日の夕方、仕事の会議中にニョーボから携帯に着信あり。当然無視してたんだけど、しつこく何度も掛かってくる。

「親でも死んだかな…」とただならぬものを感じ、タイミングを見計らって会議を抜け出し返信すると、「長男ヨッシーが駅でケンカして、今学校にいる。今後のことも話したいから来て欲しいと先生から電話が掛かってきた。今すぐ学校に来て!」とのこと。


「駅でケンカしたのに、何で学校にいるんだ?」にまず疑問を感じた。ヨッシーの学校は駅からスクールバスで40分という山奥にある。駅でケンカして警察にいるのならわかるけど、学校に連れ戻されてるのは何でだ?
状況はよくわからない。ニョーボもよくわかっていない様子。


その日の会議は海外現地法人の担当者が一堂に会するGlobal Procurement Meetingで、私はその日の夜に行われるWelcom PartyのMCを務めることになっていた。

「だから、無理」と答えると、「『今後のこと』は停学か、もしかしたら退学処分だと思うの。私ひとりだと上手く言い返せないからどうしても来て!」と。



以前書いた通り「布袋寅泰似で威圧感バリバリ」の上司に事情を話すと、「こっちはいいから、今すぐ行きなさい」とのこと。上司は2年前までNYの販売会社のPresidentだった。帰国半年後、「戻ってから1度も英語を使ってないよ」と苦笑してたから、実はMCやりたかったんだったりして(笑)

ラッキーに感謝しつつ電車に飛び乗り、最寄り駅でニョーボと待ち合わせて、生徒を降ろしたスクールバスに乗り学校へ向かう。
学校に着くと、バスの運転手から連絡を受けたと思われる学年主任の先生が玄関で待っていた。3人で応接室へ。ヨッシーと担任の先生は別室にいるとのこと。



学年主任からの経緯の説明は以下

・ことが起こったのは、先週木曜日の下校途中、最寄り駅で。
・土曜日の午後、住民から学校に電話で通報があった。制服やカバンで学校名はわかる。
・月曜日午前、学校全体で「誰が、何をしたのか」を調べ始めた。
・ヨッシーが「ボクです」と名乗り出た。
・関係した生徒も何人か判明し、事実がわかった。
・昼休みに担任とヨッシーが話し、放課後学年主任とヨッシーが面談した。
・その内容から「保護者に来てもらい、話しをしよう」と学年主任が判断し、連絡した。



学年主任の処置は、通報や一方の言うことを鵜呑みにしない、オープンでフェアな態度で取り組んでいるのが話しぶりで感じられた。「この人の言うことは信用できる」と思えた。




「こと」の真相は以下

・下校のスクールバスを降り駅へと歩いているヨッシーを、同学年の男子生徒がからかいの言葉を言って追い抜いていった。
・カッとなったヨッシーはその男子生徒を追い駆けた(かなり長い距離)。
・駅のプラットフォームの端まで追い、詰め寄った。
・その時、筆箱に入っていたハサミを出し、威嚇した。。。。





この大バカ者が! 使うんなら自分か親に向かって使えっ!!!




幸い威嚇にだけしか使われなかったが、その場面を目撃した人が学校に通報した、と。


ヨッシーは学年主任に「時々自分がコントロール出来なくなってしまうんです」と泣きながら告白したという。それを聞き、「彼が悩んでいることを親にも知ってもらい、一緒にこの問題に取り組んでいきたい」が学年主任の『今後のこと』だった




これが校内で起こったことなら状況はまた別だが、「地域住民から通報があった」というのは、学校にとっては大問題。何らかの処分があって当然だと思う。

中1から3年半、学年主任としてヨッシーと接し、彼が「バカで、正直。不器用で空気読めない(誰に似たんだか)ので、からかわれ易い」ことを理解しているその教師は、校長・教頭に「私が責任取りますから、この件は私に預けてください」と主張し、それを通した。



いや先生、「私が責任取ります」って、次回はあなたが処罰されるってことですよ。さすがにこれだけの大事に至ったら、同じことはないだろうけど『同じようなこと』が起きる可能性があることぐらいわかってるでしょ。
親でもないあなたが、何故そこまで・・・・・


「いやー、好きなんですよアイツ。正直でまっすぐで、何でも話してくれる、いいヤツなんです。だから彼が悩んでいることを理解し、一緒に解決して行きましょう。きっとできます」


ううっ。目の前で「金八先生」が、リアルに展開されている。




「ありがとうございます。本来親が聞き役になるべきなのに、先生にそれをさせてしまってお恥ずかし○×△□※・・・・・」

言葉にならなかった。





ヨッシー、いい先生と出会えて良かったな。奇跡のような幸運だぞ。
あと2年半、精一杯大切にしろよ。









  1. 2012/09/29(土) 12:56:15|
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