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TEAM KANO戦記

美味しそうなこと、オモシロそうなことに必要以上に情熱を注ぐ人たちの記録です。スカッシュについても思いついたことを書いてみようかと。 パスワード希望の方は、実名フルネームを明記してteamkano@gmail.comまでメールしてください。

準備できることは全部したから、三振しても下を向くことはない

PSA PRO SQUASH KANSAIでの試合に関して、前川宏介は自身のブログでこう書いている。
 


本戦1回戦
Lost to  Ryosei Kobayashi 
3-1 (6-11、11-9,11-9,11-9)

負けは負け。






一切言い訳をしないその態度は、前川らしく好感が持てる。



だがしかし、本人には言わずもがなだと思うけど、言っておく。

「言い訳をする」と「負けた原因を的確に分析・把握し、それを改善していくためのアピールをする」は、行為としては同じである。『誰に向かって』と『何のために』が違うだけで。





10年連続200本安打を達成したイチローについて、シアトルマリナーズで一緒にプレーした城島健司がこうコメントしている(毎日新聞の記事)。

イチローさんは三振しても、絶対に下を向かなかった。なぜですか、と尋ねたら「やれることは十分にやった」と。準備できることは全部したから、三振しても下を向くことはないと。




全日本での結果に「やれることは十分やったから、悔いはない」と思えなかったから、前川はペナンでトレーニングを積み、単身エジプトへ渡ったはずだ。
そこでやれることをすべてやり切らないと、いつまでたっても負けて下を向くことになるぞ。




上で紹介した言葉の前に、城島はこう言っている

イチローさんはいつも「練習の練習をするんだ」と言っていた。試合のための練習は誰でもする。イチローさんは例えば「ウオーミングアップのウオーミングアップ」「打撃練習のための練習」をやる。「そうすれば準備の遅れはない」と







栄養摂取や治療・ボディケアも、重要な練習のひとつだ。それが十分にできていないなら、できるように自ら行動を起こして改善してかないと、後悔し続けることになる。


「日本のトッププレイヤーたちが素晴らしいパフォーマンスを披露してくれることにつながるのなら、協力は惜しまないよ」という人が、何人か必ず存在する。多くはいないし、できる協力もたかが知れてるけど。
そういう人たちにとって、トッププレイヤーが「お金がないから、病院行きませんでした」などど言うのを聞くのは、“自分の恥”なのだ。



自分のためだけじゃなく、応援してくれる全ての人のために、準備できることは全部やろう。そして前を向こう。

Come on, Kosuke!




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  1. 2010/09/29(水) 18:08:44|
  2. スカッシュ
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記念写真

某マイミクさんが、和歌山でオマー、カリム、カムヒンらとツーショット記念写真を撮っているころ、家元は同じ和歌山で(と言っても高野下や岩出で、ですけど)でこんな写真を撮っていた。



P1090512.jpg









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何をしていたのかは、おいおいと、ね。





  1. 2010/09/27(月) 00:07:15|
  2. その他
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2010 PSA 和歌山 男子決勝

OMAR MEGUID bt KARIM SAMY 8-11 11-6 11-5 11-1

「うわっ、そこでボレーカットできちゃうのかぁ!」や「そっからフェイク入れて、決めにいく?!」という驚きを、いくつか感じさせてくれた。

でも、“華相撲”だなぁ。。。。
昨年のゴードン、スネルよりスカッシュの実力は上だけど、勝負へのこだわりはなかった。観光半分かも。

彼らを本気にさせるには、日本人プレイヤーと観客のレベルを上げるのが近道だと思う。
頑張らねば。





  1. 2010/09/26(日) 17:14:50|
  2. スカッシュ
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2010 WISPA 和歌山 女子決勝

小林海咲 bt 松井千夏 11-4 11-9 11-7

立ち上がり固さのみえる松井に対し、小林は伸び伸びとストレート・クロス/ドライブを打ち、松井にルーズボールを出させ、ウィニングを決める。
松井の固さがほぐれた2ndゲーム、小林のボレードロップ・ボーストが7つティンを叩き9-9となったが、ここからタイトなドライブで小林が連取。
こうなるともう松井には展開を変える力が残っていなかった。

ストレートドライブで相手にプレッシャーを掛けることができる小林の、“貫禄勝ち”だった。




  1. 2010/09/26(日) 15:52:22|
  2. スカッシュ
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再認識

これまで何度も書いているが、やはり「世界に通じる道」は、『速さと強さ』である。
ドライブのスピード、ボレーでカットにいく頻度、展開の作り方、エジプトの2人とカムヒンは、速さと強さが際だっていた。

この3人に最も近いところにいたのが、机伸之介だった。オマー・メギドを本気にさせるところまではいかなかったが、クロスが抜けている(=オマーにボレーでカットされない)場合は、互角のラリーをしていた。


かれらと同じ土俵に上がれるパスポートは、『速さと強さ』である。何度でも強調しておこう。
杉本梨沙が、現時点での総合的実力の割に、つまり巧さという点ではまだまだでありながら、世界である程度結果を出し始めているのも、『強さと速さ』を備えているからだと思う。

巧さは、後からでも付け足せる。しかし『強さと速さ』は、できるだけ早い段階で身に付けておかないといけない。




  1. 2010/09/25(土) 12:55:43|
  2. スカッシュ
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攻撃の意図

割と見慣れている香港・韓国以外の選手や、それらの国でトレーニングを積んだ選手たちのプレーには、共通して「攻めに、意図がある」と感じられる。
オマー・メギドのバックハンドクロスボレー、カムヒンのストレート/クロスの使い分け、机伸之介のドロップのフェイクをかましてからのクロスドライブなどに。

ということは、普段私が見慣れているスカッシュには、「攻めに、意図がない」のである。残念ながら。
なんとなくドライブを打ち、なんとなくドロップ/ボーストで前に落とす…

これは、比較して初めて気付くことができることである。やはり、何事も
経験が大事だと、改めて認識させられたPSA大会1日目だった。




  1. 2010/09/24(金) 19:02:11|
  2. スカッシュ
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スポーツが伝えるもの

先日の柔道世界選手権を観ていて、アナウンサーやレポーターがやたらと連呼する「日本通算100個目の金メダル」という言葉に、強い違和感を覚えた。
選手や監督など柔道関係者は、誰もそれに関心を抱いていない様子だった。彼らは、良いパフォーマンスをし、良い結果を出すことに集中していた。通算100個目の金メダルを誰が取るのかは眼中にない、というか、そもそも通算100目に何の意味があるのかわからない、といった様子だった。

では、液晶画面の前にいた私たちは、世界柔道日本通算100個目の金メダルを心待ちにしていただろうか?

もちろん、違う。中継したTV局だけが、はしゃいでいた。決勝が日本人同士の対戦となり、「通算100個目の金メダル、今日確定です!」と興奮するアナウンサー。他に伝えるべきものがなかったほど、プアな内容の大会だったのだろうか。



イチローがもうすぐ「10年連続200本安打」という偉大な記録を打ち立てようとしている。彼もまた、記録に言及されることをあまり喜こんでいないようだ。
それは彼の卓越したパフォーマンスを数値的にしか表示しようとしない日本のスポーツメディアの能力の低さに、うんざりしているからではないだろうか。





写真雑誌『CAPA』の2009年10月号に、「『Number』誌が築いたスポーツ写真の礎、そしてこれからのスポーツ写真のゆくえ」というタイトルで、「スポーツグラフィック ナンバー」初代編集長の岡崎満義と水谷章人(スポーツ写真家)の対談が掲載されている。

創刊当時、日本でスポーツを撮るカメラマンといえば、新聞・雑誌社の社員だけだった。従って、掲載する写真は、アメリカの『スポーツ イラストレイティッド』誌や、日本のスポーツ新聞社などが保有しているものを購入していたという。



この対談で話題になっている長嶋茂雄の写真がこれだ。

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岡崎「ナンバーの方向性が見え、私が腹を据えられたのが長嶋茂雄を特集した10号を出してからです」

水谷「あの表紙は良い写真でした。それとこの号が発売されたころ、岡崎さんから連載のお話をいただいたんです」

岡崎「そうでしたね。表紙はスポーツ新聞社から長嶋の写真を買い集めてきた中の1枚。サンケイスポーツの遠藤忠カメラマンが撮ったのだけど、サンケイではボツになった写真だそうです。『こんな空振りは長嶋がスランプのときじゃないと使えない』と編集部に言われたらしい」

水谷「状況を説明する写真しか求めていないから、そう考えるしかないんですね」

岡崎「こちらの判断はダイナミックな彼の魅力が発揮された、まさに長嶋的で大正解。そして、ナンバーが使う写真がどんなものか、はっきりわかった。カラーの雑誌だから、モノクロ写真を表紙に使うことすら逡巡した」

水谷「そこからスポーツ写真のあり方がナンバーによって変えられていくわけです」






空振りでも“絵になる”のが長嶋茂雄というパフォーマーであり、それをも伝えようという基本理念を日本で初めて掲げたのが「ナンバー」誌であると思う。




岡崎「ポリシーっていうか、カメラマンも基本理念がいるんだろうね。ただ試合を写していればいいってもんじゃない」

水谷「そこなんですよ。スポーツ写真の源流が記録、報道にあるので、それはそれで必要ですが、スポーツ写真家としては成り立たない。スポーツを通し、選手という彼らの人間性をどれだけ掘り下げ、とらえ、感動を起こさせるか。岡崎さんも言われた、ヒューマンな部分をどれだけ形にできるかが重要なんですよね」







長嶋をプレーを観ることによって、私たちは彼の身体に想像的に想像的に嵌入することを通じて「野球そのもの」に触れることができた。

今日からの4日間、私たちは「スカッシュそのもの」に触れることができるだろうか。15年前、シャンジール・カーンやピーター・ニコルたちが連れて行ってくれた世界にまた戻れることを、期待しよう。


  1. 2010/09/23(木) 11:33:40|
  2. スカッシュ
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パフォーマンスの上げ方

これを言うと意外だと思われることが多いのですが、家元は3人の子を持つ父親です。家元には、父親的エートスを感じさせないものがあるようで。

実際、家元自身も自分に「父親的適正」や育児能力が備わっているとは思っていませんでした。
だがしかし、男は父親になると、「父親的スイッチ」がオンになり、父性愛が発動され、父親的能力を発揮するようにプログラミングされているものらしい。



これはカノウ姉妹が生後8ヶ月のころの写真である。





家元は当時、こいつらをカワイイと感じていた。







うむ。
客観的判断能力を失っていた=自分の子をひいき目で見ていたことは疑いようもない。でもこれ、人間が生きていく上で必須なことなのです。
だってカワイイと思わなかったら、泣きわめくのをだっこしてあやしたり、ウンチを素手で触ったりできないもん。

親の「育児パフォーマンス」を上げるのは、赤ちゃんにとって死活的に重要なことです。だから全身全霊「私をケアしてください。そうでないと私は生きていけないんです」というメッセージを発信する。



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「そうか、この人はオレの能力を必要としているんだな」と感じると、パフォーマンスは向上する。

「本当はしたくないんだけど、やらされちゃって…」と愚痴る人よりも、「いや、自分がしたいからやってるだけです。ゼーンゼン苦じゃないですよ♪」な人の方がパフォーマンスが高いことを、私たちは経験的に知っている。
そして「あなたの力が必要なんです。どうかお力を貸してください」と他者から懇請されると、さらにパフォーマンスは向上する。

それを「やらされてる」と苦痛に感じるか、「私の能力が必要とされている」と喜ぶかの違いだけなんですけどね。







さて、ここからが本題。
スカッシュが強くなりたいのなら、「この人はスカッシュが強くなりたいんだな。それには、オレの手助けが必要だ」とコーチや練習パートナーに思わせるのが近道です。そうなれば、コーチ・練習パートナーのパフォーマンスが上がり、効果の高い練習ができます。

この選手を育成したら、金が儲かるとか、権力や威信が手に入るとか、人に自慢できるとか、そういう利己的な動機に賦活されて、コーチの能力が発揮されるのではありません。もちろん、多少はそいういうエゴイスティックな動機付けも役立つかもしれませんが、そんな『せこい』動機では、潜在能力の全面的かつ爆発的な開花は起こりません。
人間が大きく変化して、その才能を発揮するのは、いつだって「他者からの懇請」によってなのです。




「日本のスカッシュがもっと強くなって、世界と互角に闘えるようになりたい!」と願うなら、家元が日本代表になり、エジプト勢とかを倒せばいいんだけど、それはちょっとだけ無理っぽいので(笑)、現在の、そして将来のトッププレイヤーたちに頑張ってもらうしかありません。

そのためには、「あなたがもっと強くなって、世界の強豪をバッタバッタと倒すところを、私は観たいんです!」という気持ちを、彼らに伝えることが必要だと思います。そうすることで、彼らのパフォーマンスは劇的に向上する。





ということで、23日から和歌山に行きます。日本人選手の素晴らしいパフォーマンスと、良い結果を期待してます。

みんな頑張ってね☆






  1. 2010/09/22(水) 05:20:49|
  2. スカッシュ
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ねぶた

渋谷センター街でねぶたに遭遇!








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シュールだなぁ
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YouTubeに動画アップしたら、フリッカー発生★

元のファイルにはフリッカーないのだけど、何でかしらん…





  1. 2010/09/19(日) 07:15:53|
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夏の終わりの月

新宿駅南口から

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  1. 2010/09/19(日) 01:00:25|
  2. その他
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写真の力

加納典明は大阪からカメラマンになるべく上京したときに200万円の借金をしたと本人から聞いた。今なら1千万くらいの価値。

その金でカメラ機材を買うでもなく、事務所を作るでもなく、一台の外車を買った。MGのロードスター。この車でナンパを繰り返し、モデルになる娘を探す毎日。外車のめずらしかった時代にMGのオープンは目立ち、モデルを見つけるのに苦労はない。彼にとって当時一番大切なものが何かといえば、ハッセルでもスタジオでもなくモデルになる女の娘だったのだ。

やっぱり一流どころは違うね。こういうお金の使い方は正しいと思ってしまう。


渡部さとる 『真っ赤なボルボ』









うーむ、さすが。一流のカメラマンは、「良い写真とは何か=ものごとの本質」をわかっているのだ。



「写真の力」を構成する要素の8割は、被写体の魅力である。これ↓を見れば、それがよくわかる

P1080565_20100904225607.jpg

LUMIX DMC-GH1 LUMIX G 20mm/F1.7 ASPH. F2.0 1/800秒 スポット測光 ISO1600 WB:オート RAW







残りの2割が、「スカッシュのセンス・知見」と「写真のスキル」である。

まず、「清水のジャンピングボレーは、カッコイイなぁ☆」と感じる。だからそれを撮ろうとする。
清水が跳んだ!と感知してからシャッターを切ったのでは、間に合わない。家元が使っているカメラは、機能的にはコンパクトデジカメと同じで、動体へのオートフォーカス追従性能やレリーズタイムラグは、D300クラスのカメラとは段違いだからだ。

だから清水の身体に同化し、相手が左前からクロスロブを上げたことを感知して、「ここからジャンプしてボレー!」と動き出すタイミングでシャッターボタンを押す。
もちろん、事前に被写体ブレしないシャッタースピード、ノイズと解像度のバランスが許容内で一番高いISO感度設定をしておき、マニュアルでフォーカスを合わせにいく。




ただ、上にも書いた通り、このような要素は、「写真の力」の2割程度でしかない。良い写真を撮りたいのなら、良い被写体に出会うことが必要である。


では、どうすれば良い被写体に出会えるのか?


この動画↓で、梅佳代がそれを教えてくれている。

2008年9月放送 NHK『論点・視点 私のじいちゃんさま』

※削除されちゃうかもしれないので、お早めに。でもこれ、さとなおさんも書いてたけど、削除要請しない方がNHKの好感度上がると思うよ。









「"PHOTO IS" 10,000人の写真展」は、応募した作品全てが展示されるという珍しい企画である。今年は、15,199名の応募があった。


これが開催されている時期に出社すると、「うわっ! 何だこの人だかりは?!」と驚くくらいのお祭り騒ぎとなる。プロの作品を見るよりも、自分が撮った写真が展示されているのを見る方が需要高いんだねぇ。




今年は企画のひとつとして、「アルバム展」があった。俳優、スポーツ選手などのアルバムが展示してあり、その中には梅佳代のアルバムもあった。
10年前とのことなので、おそらく彼女が大坂の写真専門学校生のころ、石川の実家に帰省したときのもの。妹と父親がツーショットでこたつに入っている写真が見開きで6枚展示してあった。上の動画『私のじいちゃんさま』の妹とじいちゃんのツーショットみないな写真。

それは、異彩を放っていた。
そこだけ強烈なスポットライトが当たっている感じ。何千枚という素人(といっても写真展に応募するくらいだから、かなりレベルは高い)の写真を見た後で、「やっぱプロは違う」と思い知らされる。




何が違うのか?


良い被写体に出会っているからである。






どうすれば良い被写体に出会えるのか?



それはね、被写体への愛だよ、愛。






  1. 2010/09/15(水) 20:08:44|
  2. スカッシュ
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50:50

「頭部の半分がおでこ」って、どーよ?







おでこの広さと頭の良さには相関性ないみたいです★







ま、人のことは言えんが。。。。。

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  1. 2010/09/13(月) 19:53:20|
  2. その他
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9.11

古いアルバムを整理していたら、ニューヨークに行ったときの写真が出てきた(1992年)。










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で、遊覧船から、
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こんな写真を撮ってた。
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ワールドトレードセンター、この時はまだあったんだ。










God bless you
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  1. 2010/09/11(土) 16:55:33|
  2. その他
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ううむ。。。

facebook登録してみたものの、よくわからんのじゃ。


とりあえず、こんなもんでよかと?




若い人、教えてちょ。




  1. 2010/09/07(火) 22:59:20|
  2. スカッシュ
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2010SQ-CUP準決勝 清水孝典vs松本淳 2nd Game HD動画

手持ち・手ブレ補正なしなので、こんなもんですけど。


(1/2)


(2/2)





YouTubeも代表的なソーシャルテクノロジーなんだよ。




  1. 2010/09/05(日) 22:35:42|
  2. スカッシュ
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facebook始めました。

昨日登録してみました


湯川鶴章さんの『ソーシャルテクノロジーはわれわれを幸せにする』「自分の情報を公開することのデメリットより、メリットの大きさを理解できるようになっていた」や、さとなおさんのこれこれなどを読んだからです。

さとなおさんが、本名の佐藤尚之名義で9月3日読売新聞朝刊に書いたコラムにも触発されました。
リアルライフでの常識・マナー・モラルを、ネットの世界にも適用する、と。







が、







facebookの使い方がよくわかっておりませぬ★




招待状(?)を送るべき人に送っていなかったり、いただいたコメントに返信していないなど数々の不義理をやらかしてるかと思いますが、そのうちわかってくるんじゃないかと楽観視しております。
しばし暖かい目でみてやっておくんなまし。






このような写真が、当日の夜には見られる社会」など実現しない方が良いとお考えの方もいらっしゃると思います。

そのような方は、私とは価値観・センスが違います。
「価値観・センスが違う人のブログに、わざわざ自身の意志でアクセスする」という人は、よほど暇を持て余しているのでしょう。それでも、時間は有効に使った方がいいですよ。



よろしく。





  1. 2010/09/05(日) 15:18:52|
  2. その他
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eyes

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  1. 2010/09/05(日) 07:26:18|
  2. スカッシュ
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AIR








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  1. 2010/09/04(土) 23:01:33|
  2. スカッシュ
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ドライブ

SQ-CUBE CUP 2回戦
杉本梨沙 bt 山崎真結 6-11 4-11 11-7 11-8 11-8

ドロップ・ロブで展開を作る山崎に対し、杉本は力強いドライブを打ち続ける。山崎もドライブが打てるはず、なのに“かわし”に専念してしまったかのように打ち合わない。

やはりドロップ・ロブは、ドライブと組み合わせてこそ活きる戦術なのだ。それを再認識させてくれた試合だった。



  1. 2010/09/04(土) 18:02:08|
  2. スカッシュ
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心に刻んでおく

46歳で亡くなっ今敏さんの遺書を読み、「今を生きよう」と心に誓った家元が、まず取った行動は、

















ここへ行くことだった。






いつまでもあると思ってはいけない。
自分の方の事情で、行けなくなる可能性だって十分にあるのだ。







少し痩せたかな?
でも声はお元気そうで、なにより☆
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小ラーメンヤサイニンニク(600円)
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この日の麺は、やや細め。
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麺もブレるのが、三田本店の味のうち。





ごちそうさまでした。





  1. 2010/09/04(土) 09:19:32|
  2. おいしいもの
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そんなの常識?

スポーツの魅力は、生観戦でないとその本質は理解できない。それをメディアが伝えることの難しさについて、小田嶋隆がこう書いている。



サッカーの戦術眼もまた、テレビから学ぶことは難しいし、まして活字で伝えることはさらに難しい。メロディーやリズムを味や匂いで説明すること以上に。

サッカーの難しさは、野球の難しさとはちょっと違う。フィールドも広いし、選手は常に動いている。しかも、ボールの無い場所での選手の動きが戦術を決定し、試合の未来を作っている。ここが厄介なところだ。
だから本当に重要なプレー(ディフェンスラインの上下動、ボランチの寄せ、ボールを持っていないフォワードのフリーランニング)が、画面には映っていなかったりする。

といって、すべてを映すためにカメラを引きすぎると、プレーの迫力が失われる。ダブルバインドだ。
つまり、テレビ観戦を楽しむためには、スタジアム観戦を重ねて、漏れる情報を補完する能力を養わなければならないということだ。画面の狭さや、アナウンサーの実力不足や、解説者の見識不足を補うのは、観客の側の補完能力なのである。要するに、脳内にためこんだ過去映像の蓄積が、テレビ映像の貧しさを補完するのである。一種のエラー補正技術と言っても良い。

だからたとえば、アタマの中にサッカーのエッセンスが一杯に詰まっているサッカーネーションの人々は、ラジオでサッカーを「見」ている。さよう。中南米の貧困層や、東欧諸国のテレビを持たない家庭のおっさんたちは、ラジオの実況でサッカーのゲームを観賞して、そのネタだけで、死ぬほど盛り上がることができるのである。

こんなことが可能なのは、彼らのアタマの中に、ひいきのチームの戦術と選手の顔とポジションとプレースタイルが、常に再生可能な動画のカタチで保存されているからだ。だからこそ、「おっと、ディエゴからメッシ、メッシからボナノッテに浮き球のクロスだああああ」と言っただけで、彼らは現実の試合の映像をあざやかに脳裏に結実させることができるのである。


『「本田△」が“読め”れば、ワールドカップもきっと面白い』





全く同じテキストを読み、映像を見たのであっても、そこから何を、どう受け取るかは、受け手側の能力・センス(この例の場合、「アタマの中にどれだけサッカーのエッセンスが詰まっているか」)によって違う。「読」んでいるもの、「見」えているものが違うのだ。



スカッシュをよく知らない人がスカッシュの映像を見たら、スカッシュそのものよりも、選手の容姿や有名人かどうかの方に関心が向いてしまうことがある。でも、スカッシュがある程度わかっている人、すなわちスカッシュのセンスがあり、良質な観戦の経験を持つ人は、そんなことない。

これは「私にとって常識」だったのだが、どうやら世間はそうでもないらしい。私が撮影・公開したスカッシュの映像から、ポルノグラフティ的なものを感じ取る人が存在するようだ。びっくり。

ということは、これにも同じ感想を抱くのかな?
その人のアタマの中が「ポルノグラフティ的エッセンス」で満たされているから、ではないのかしらん。。。。


そういう人のアタマの中身はさっぱり理解できないが、「そういう人もいる」ということは知っておかなければならないようだ。







自分の常識は「常識じゃない」。
センター試験の試験官を務める上でのトラブル対応に関して、内田樹がこんなことを述べている。


とにかく無数のトラブルが想定されるわけで、それらを網羅的に列挙してそれぞれについて正しい対応をマニュアルに書き加えてゆくと、いずれマニュアルは電話帳の数冊の厚さとなり、試験監督者たちがそれを通読し、内容を暗記しようとすれば、一年中「翌年のセンター試験のマニュアル暗記のため」に授業は休講、研究は滞り、会議ではみな内職ということになりかねない。

いや、冗談抜きに、いまでさえ入試部長用マニュアルは4冊、厚さはすでに神戸市の電話帳を超えているのである。結局、こういうものは「ま、現場現場でですね、常識的にご判断いただいてということでですね・・・」ということでやる他ないのである。

その「常識的」が通らないのがつらいところで、うるさくクレームをつけてくる受験生や親たちがいると、大学側はたいへん弱腰に対応することを余儀なくされるのである。咳をする人がいる、貧乏ゆすりをする人がいる、監督者の足音がうるさい、はちまきをしているやつがいる、隣の人の香水がきつい、カラスの鳴き声がうるさい・・・ひどいのは(これは去年ほんとうにあったのだが)「となりの受験生の答案を書く鉛筆の音がうるさいから、なんとかしろ」というクレームさえあった。

そういうのは閾値以下の「生活騒音」とされるはずなのだが、「生活騒音」と「我慢できないこと」の境界線は限りなくグレーなのであり、主観的に「耐え難い」と主張されれば、「そういうものかな」と応じる他ない。

でも、受験生だったことのある人間ならわかるはずだが、試験解答に集中している人間には外界からの五感への入力はきわめて低いのである。
ほんとはね。

試験というのは「与えられた環境でベストを尽くす」ことのできる能力を問うものであって、「ベストの環境でなければベストが出せないからベストの環境を用意しろ」というような他責的な言葉づかいが不用意に口を衝いて出て来るような子どもはこのせちがらい世を長生きできぬのではないかという疑念がみなさまのうちにふっと兆しても私は「そういうこともあるかもしれない」と静かに応じたいと思うのである。


内田樹の研究室 『ああ、疲れた』






「となりの受験生の答案を書く鉛筆の音がうるさいから、試験に集中できず、自身のベストパフォーマンスが発揮できない。だからその音を消せ」という主張に同意する人が大多数を占めるようになると、それが「常識」となる。答案を書く鉛筆の音を規制する法律ができたりするのかもしれない。
なんてね。






「常識」については、内田はこう説く。


私たちはいろいろなことを述べる。そのときに、「私の言い分は正しい」ということをある程度定着させ、物質化するためには「私は正しい」と主張するだけでは足りない。
「この人の言い分はまあ常識的だわな」という外部評価が必要となる。そういう言葉だけがある程度の範囲で聞き届けられ、ある程度の物質性を獲得する。

しかし、「常識的」とはどういうことかについては外形的な標準は存在しない。「原理としての常識」とか「汎通的常識」とかいうものは(「詩的常識」や「狂信的常識」と同様に)存在しない。
だから誰であれ、「私の言うことこそが常識だ」と主張する権利はない。だって、そんなことを言い募るのはまことに「非常識」なふるまいだからである。

自分の言い分が常識的であるかどうかを、語る当の人間は決定することができない。

ここがたいせつな点だ。
「常識」は、「そんなの常識である」という文型ではなく、「そんなの常識ですよね?」という疑問文を経由してしか、つまり他者の「とりなし」を経由することなしには、生き延びることができないものだからである。



内田樹の研究室 『常識の手柄』








代表選考試合撮影不可の理由を問うたところ、社団法人日本スカッシュ協会常務理事にして代表選考試合担当者である潮木仁は、撮影可否の判断を「施設に一任している」と答えた。

これって、どうなの?
その場にいた私以外の4人は、疑問を感じていなかった、つまりそれが彼らにとっての「常識」だったようだけど。





「代表選考試合という素晴らしいコンテンツが、これくらいのクオリティで、翌日にはアーカイブされていて、多くの人が無料でアクセスできる」というメリットよりも、出場する選手のメンタルを優先させるという主張には、一縷の理がある。

だが、そう主張するのは、「より多くのスカッシュファンと、この素晴らしい試合を共有したい」と「選手にベストな環境を提供したい」という矛盾する「同胞への愛情」を同時に引き受け、その矛盾に引き裂かれてあることを徹底的に身体化した者のみに許される。

「私の責任に於いて、撮影を不可とする(あるいは、許可する)」と彼は言うべきだった。「施設に一任した」と言うのは、撮影・公開に関する一切の責務からわれさきに逃げ出したことを意味する。


そこに「我が身を投げ出してでも、選手を守る」という覚悟は、微塵も感じられない。







自身の言い分が常識であることに疑いを持たない人は、ほとんどの場合「怒声」を挙げて自説を開陳する。そのような人たちを私が信用しないのは、彼らの多くが論理的思考を欠いているからであるが、理由はもう一つある。


ジョン・レノンは言った。
All you need is love


これを「愛こそすべて」と訳した人がいるけど、それは違う。

「君に欠けているのはね、愛だよ、愛」






  1. 2010/09/02(木) 22:45:21|
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ファッションリーダー

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  1. 2010/09/01(水) 21:23:10|
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