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TEAM KANO戦記

美味しそうなこと、オモシロそうなことに必要以上に情熱を注ぐ人たちの記録です。スカッシュについても思いついたことを書いてみようかと。 パスワード希望の方は、実名フルネームを明記してteamkano@gmail.comまでメールしてください。

チームぬるま湯決起大会 in スタミナ苑

「チームぬるま湯決起大会 in スタミナ苑」には、4名で決行された。

予定通り15時過ぎに赤羽駅に集合、タクシーが現地に到着したのが15:20分。開店の1時間10分前だが、既に9人が並んでいた。お店のキャパの30名が並んだのは16時過ぎ。土日は30分前がファーストロットに入れるかの境目なのだろう。


決戦に向け、「お昼はヨーグルトを飲んで体調を整えて来ました!」と意欲的な孝典選手
takanori harami






今回は焼いている肉の写真を中心のお届けしよう。


まずは上タン塩
tan.jpg
塩で下味がつけてあるので、そのまま食べる。ぷりっぷりです☆




メインイベントのひとつ、あぶりレバ塩
reba.jpg
火の通し方はもちょと少な目でもいいかも。



並ハラミ塩
harami.jpg





そしてメイン中のメイン、ミックスホルモン!




3人前を注文したところ、お店にの方に「量は大丈夫ですか?750gありますよ」と念を押された
takanori horumon
モチロン、この男がいるから大丈夫♪この写真はかなり食べた後だが、このお皿いっぱいのホルモンを難なくたいらげた。



普段はセンマイ食べないが、「ここのなら食べられます」と孝典選手のお墨付き
horumon2.jpg







さすがにミックスホルモン750gのボディブローが効いてきて、他の3人はこのあたりで大きくペースダウン。
しかし孝典選手は「ゴハンが食べたいからタレ系にいきたいっす☆」と並カルビ切り落としをオーダー
karubi.jpg




これも3人前、その大部分を担当してこの笑顔
takanori karubi
「スタミナ苑、ホルモン系は美味しいけど、正肉系はイマイチ…」というウワサだったので前回は注文しなかったんだが、なかなかどうして、カルビもウマイッ!


それにしても、いくらウマイからって、あれだけホルモン系食べた後で、ゴハンと一緒にモリモリ食える孝典ってどーなってんの?!



キムチ、生野菜サラダ、ゴハン3杯、テグタンスープもたいらげ、「焼肉食べるときって、ホント幸せっす♪」と言えるキミはエライ! 元気をもらったよ☆



チームぬるま湯決起大会、締めて飲み物込み6100円/人。質と量を考慮すれば、コストパフォーマンスは非常に高い。場所が不便、並ぶ、臭いが付くなどのネガティブ面を容認できるなら、スタミナ苑、超オススメです♪
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  1. 2008/07/31(木) 07:36:59|
  2. 戦記
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[パスワード化期間中限定公開] レインボーマン?

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  1. 2008/07/29(火) 07:46:03|
  2. スカッシュ

世界がみんな自分だったらいいのに

家元は何度か試合結果の速報をしたことがある。ドローの写真撮ってアップするのだけでなく、掲示板にテキスト打つ方式で。
現在はアタマのいい人が「Excelで作ったドローに結果を打ち込むと速報用テキストの形に変換するマクロ」を組んでくれたので、(ネットに繋がるパソコンがあれば)作業はかなり楽になったけど、当時はポコポコテキストをウィルコムで打ち込んでいた。

速報した経験がある人は、掲示板に「結果教えてくださーい!」と書き込んだりはしない。結果速報がどれだけタイヘンな作業かを知っているから。
だから、速報を要求したり、「こうすればそれほど手間掛けなくても速報ができる」などと書き込む人は、速報をしたことがない人だ。


こうした人たちは、大会運営には関わらないけど運営に口出しする人、ジュニア育成や海外派遣にあれこれ言うけど実際には何もしない人などと共通点がある。
「自分以外の人すべてが自分と同じように行動したら、非常に困る」のだ。

自分以外の人すべてに自分と同じような行動されたら、結果速報はないわ、審判やる人はいないわ、そもそも大会が開催されないわ… ニッチモサッチモいかない。だからこうゆう人は、自分(およびその一味)以外の人には、自分と同じような行動をして欲しくないと願う。




一方、オフィシャルで試合の結果速報がなされてなかったら「ドローを写真に撮ってアップしよう。途中まででもないよりマシだろ」と手抜き速報したり、

素晴らしい試合を観て感動したら、それをできるだけ多くの人と共有しようとしたり、

トッププレーヤーの、試合会場では見られない一面に迫ってみたり、

年1回くらいは大会運営のお手伝いもしなきゃと行動したり、

大宮ユキちゃんの短パン姿にギザカワユスなぁ~♪と、デレレとしたり、

大会前にバックウォールをキレイに磨いていたサンセットブリーズ保田のスタッフや、真夏のSQ-CUBEでカチ割り氷を配る渡邊キャプテンの姿を尊いと感じ、それらを伝えたりしてる人は、

スカッシュ界が自分みたく行動する人でいっぱいになったら、ギザ楽シスなぁ~♪と思うですよ。




結果速報やらジャパンジュニアやら何からかんやら掲示板で話題になっていることは、「世の中が自分のような人ばかりになったら、愉快だなぁ」と思える行動をすることで解決する

楽観論だけど、これが根本的解決策だと思うんだ。
「自分にはできないことをしてくれる人」への感謝と尊敬も忘れずにね。
  1. 2008/07/27(日) 09:37:34|
  2. スカッシュ
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礼儀上等!

ブログパスワード化以降、多くの方からメールをいただいた。そのうちの約4割が面識のない方からのものだった。
当然ながら、これらの方からのメールには、親しい間柄には必要ない礼儀正しさや丁寧さがあった。(面識ある方からのも概ねグー!だよん)

パスワードなんて減るもんじゃないし、返信がメンドクサイならそもそもパスワード化なんてしなきゃいいのだから、特別な礼儀なんて要らないのだけれど、メールしてくれた方々は社会生活を営む者が当然備えるべき常識を持っているということだろう。

で、ここから学んだのは、「批判するときにこそ、礼儀正しさや丁寧さが必要」ということ。


「パスワード下さい」なんて方は、家元ラヴではないにしても家元のすることに賛同してるわけだから、基本ウェルカムなんですよ。でも批判をする場合ってのは、自分とは意見・価値観・立場・行動が異なる人に対し、自分のそれを聞かせ、相手を変えさせたい時なのだ。批判を受ける側としては、少なくとも気分的にはウェルカムではない。

こうゆうときに、礼を失した態度で接したら、まず聞いてもらえない。それがどんなに正しい内容であっても、相手に届かないのだ。「オレはこんなに正しいこと言ってあげてるのに、聞く耳持たないとは何事だっ!」と怒るのはトンチンカンだと認識すべきだ。


「家元様はじめまして。○○と申します。
いつも楽しく拝読させていただいてます。

家元様のユニークな視点や行動する姿勢にはいつも感心させられます。私も見習いたいです。

ただし、先日の△△に関する家元様のご意見については、少々疑問を感じます。何故ならば…」



このように、『基本アグリー(賛同)、アプリシエイト(称賛)。でもここだけはノー・アグリー』という態度で接して、やっと聞く耳持ってもらえる。あまりテクニックに走るのもどうかと思うが、まず相手に届けないことにはいかんともしがたい。実力でねじ伏せるのは、届けてからすればいい。

でも(もちろん自分自身の反省を含め)たいてい批判する時って、失礼な態度で向かっていってる。でしょ?
称賛するときは、ちゃんと自己紹介するなど礼儀正しいのにね。本当に礼儀が必要なのは、批判するときなのだ。


匿名掲示板が「議論をし、その結果お互い分かり合う場」とならないのは、礼儀を欠いているからだと思う。“自分の正義”をふりかざすことだけに熱心になり、社会生活を営む上で必要な礼儀を忘れている。あるいは、礼儀など必要ないと思い込んでいる。

「匿名だから、礼儀など必要ない」となってしまう要素は大きいけど、参加者だけでなく管理人にもあてはまったりするので、『ネットの掲示板というのは、基本的に人を無礼にさせるもの』なのだろう。
固っ苦しい挨拶は要らないということと無礼は違うのだけど、それを分からなくさせてしまう魔力があるのだ。



家元は「批判上等!」だけど、「無礼上等!」とはどこにも書いてないよ。無礼さには傷付き、心を閉ざしてしまうことだってあるんだからね。

ばっ、ばかっ!
「優しく抱きしめて欲しい」なんて、言ってない …よ(←何キャラ?)




みなさんからの礼儀正しく丁寧なメールを読んで、そんなことを考える家元なのでしたー♪(←「今日のわんこ」風に)
  1. 2008/07/25(金) 12:40:35|
  2. スカッシュ
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I will

『監督力』を特集したスポーツ誌「Number 696号」に、ライターの藤島大が清宮克幸(サントリーラグビー部サンゴリアス監督、前早稲田大学監督)に行ったインタビューが掲載されている。「極意…清宮克幸が説く指導者のための5箇条」と題されたその記事で、清宮が極意の第1条として挙げたのは、「志を持て。」である。


自分は、このチームの監督になって何がしたいのか。どういうチームをつくりたいか。
「俺が監督になってたら絶対こうしてやる」という志は、誰でも多かれ少なかれ、必ずあるはずなんです。それを具体的に書き出してみる。最初から、歪んだ志を書く人はいない。誰にとっても初志は理想なんです。ここをはっきりと記録しておく必要があります。

(中略)

「優勝する」「絶対に勝つ」というのは志と違う。もちろん県内で優勝して、5年以内に全国大会でベスト8に入る、というようなビジョンは必要でしょう。でも、そもそも勝利を目指すのは当然なんです。結果に勝利を求めないならスポーツの現場から去るべきですね。
志とは、もっと本当に自分がやりたいこと。いますぐにはできなくとも、いつか可能になるかもしれないこと。そのためのアイディアを書くんです。





ラグビーでいえば「フォワードの力で押していく」や「走って切り裂く」などの理想とするスタイルがある。しかし結果が出ないと目先の勝利を求め、現実的な定石に収まっていく。それはそう悪いことではない。しかし、理想を、志を捨ててしまったのではチームは成長しない。指導者に必要なものとして「現実を見据えつつも志を常に意識しその実現に向けて努めること」を、清宮は最初に挙げているのだ。






初志。
私はこのTEAM KANO戦記を、「よい情報を、みんなで共有したい」という意志で運営してきた。

スタートは、2005年神奈川オープンで当時全日本ベスト8クラスだった岡田真弥に勝った清水孝典に、ご褒美としてラーメン二郎の大ダブルヤサイニンニクニラキムチを食べさせ、その様子をコータコートの練習仲間に「さすがのタカノリも手こずってたよ(笑)」とレポートしたニーズレターだった。


試合のレビューをしたり、岡田真弥のフェアな申告(これこれ)や大宮有貴のエピソードを紹介したのも、私が知り得たプレーヤーの素晴らしさを、みんなにも知って欲しいからだった。時には批判も書くが、それはそうした「ものの見方」を提示することが有意義だと感じたからだ。
そう、ここは私が感じた「嬉しい」や「楽しい」を、私の発見や感動を伝える場だった。これが家元こと私の『志』だ。







現在の私は、諸般の事情により「嬉しい」や「楽しい」を感じ、伝えられる状態ではなくなってしまいました。
わざわざパスワードを取得してまで読みにきていただいている皆さんには申し訳ありません、当面更新は滞りがちになると思います。

志を失くしたわけではありません。
しばらくしたら、また戻ってくるつもりです。

I will.
  1. 2008/07/17(木) 14:57:19|
  2. スカッシュ
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蕨オープン

「TEAM WATANABE OPEN in 蕨」のパンフレット

warabi1_20080713144511.jpg






真ん中右下を拡大してみると…
warabi2_20080713144530.jpg







蕨餅♪


あと、わらびのイラストもあるね。

 


箸袋に「菓匠 渡邊庵」とあるのが芸細かいなぁ☆
  1. 2008/07/13(日) 14:18:12|
  2. スカッシュ
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自己タヤマけんぢ欲チェック

自分を顕示したいから審判するイエモトです。

(けっこー根に持つタイプ♪)



さあ、アナタもアナタ自身に潜む“自己タヤマけんぢ欲”をチェックチェック!
(p_-)/~~~ピシー!ピシー!


1.(-_-)/~~~ピシー!ピシー!で天下を統一したい

2.犬と10の約束したい

3.深夜の通販番組を利用したい

4.プチンプリンをプチンしないで食べるヤツは許せない

5.金八先生で泣きたい

6.車は寝るためのもの

7.スイーツ大好きだけど、チノウエには負ける

8.サウナは闘いの場所

9.車のエンジン音を聞くのが大好き

10.スクール生のジュニアとは同じ目線に立つ



[結果診断]

該当3コ以下…おめでとうございます。真人間です
4~6    …一度でも(p_-)/~~~ピシー!ピシー!を使えばクセになります
7~9    …子供たちから一番人気の優しいニイやんです
10     …末期的けんぢクンです
  1. 2008/07/11(金) 08:21:19|
  2. スカッシュ
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緊急告知! 『チームぬるま湯』決起大会 at 「スタミナ苑」開催案内 焼肉といえば、アイツもやってくるっ!

ひとり暮らしを始め、風呂上がりに全裸でアイスを食べている♪


パスワード制にして、そんな開放感を味わっている家元です。何なら画像(ギリモザ入り)、うPしますか?


パスワードを入手してでも読もうって家元ラヴな方々に囲まれてるの、ホントぬるま湯ですわ♪ こりゃー人間堕落するね。
しばらくは浸かってるつもりなので、清水孝典と『チームぬるま湯』を結成、足立区鹿浜の「スタミナ苑」で決起大会開催が決定しました。



決起日:7月13日(日)

集合 :15時10分赤羽駅
     車で現地集合なら15:30必着

注意事項:
・お店のオープンは16:30なので、約1時間並びます。
・ホルモン系中心に攻めます。
・服や髪に焼肉のにほひが着きます
・予算は5千円くらいだと思う(飲み物別)
・美味し過ぎるからって、叫ばないこと


参加希望の方は、12日までにteamkano@gmail.comへメールしてください。

参考資料
  1. 2008/07/10(木) 21:28:39|
  2. おいしいもの
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被害者一転、容疑者に 流血事件続報

7日午後発生した流血事件を捜査していた当局は、重要参考人として身柄を拘束していた家元容疑者(44)を緊急逮捕した。
調べによると家元容疑者は、事件発生の2日前、T.W.O. in 蕨1日目終了後の午後11時18分ごろ『ラーメン二郎仙川店』(調布市仙川町1-10-17)で「小ヤサイニンニク(700円)」を食べ、翌6日の昼は準々決勝の審判を務めた直後の午後1時46分ごろ、『勇花』(戸田市美女木2-5-2)で「小汁なしヤサイニンニク(650円)」を食べていた。捜査当局ではこれが流血事件の直接の原因であるとし、立件していく方針。

二郎仙川店「小ヤサイニンニク(700円)」
SENKAWA.jpg


勇花「小汁なしヤサイニンニク(650円)」
YUUKA.jpg

※『勇花』は旧『ラーメン二郎赤羽店』である『富士丸』の支店で修行した人が開いたお店





調べに対し家元容疑者は「試合前日金曜の夜、自分に喝!を入れるためスモジ(『ラーメン二郎相模大野駅前店』の通称)に行ったけど、臨休(「臨時休業」の二郎用語)で、それでムシャクシャしてつい連食を…」と大筋で容疑を認めているという。





当局では二郎以外にもつくし野『ママン・ラトゥーナ』のデニッシュ、東十条『黒松』のどらやきなど余罪があるものとして調べを進めている。これに関しては「デニッシュはhibagon、どらやきは大会スタッフへの差し入れだ!」と容疑を否認しているが、密かに自分用のも確保していたとみられる。

  1. 2008/07/09(水) 03:07:47|
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悲鳴、鮮血… あわや大惨事に

7日午後1時29分ごろ、東京都港区赤坂9-7-3 F社東京ミッドタウン本社9Fオフィス内で、社内稟議書作成作業をしていた家元さん(44)の左鼻腔から突然大量の鮮血が流出する事故が発生した。鮮血はまもなく食い止められ、家元さんは一命をとりとめたものの、用意していた稟議書添付資料が使い物にならなくなる被害を受けた。稟議書本体はパソコンで作成中のため被害はなかった。

当局の調べに対し家元さんは、「いやー、別にエロいこと考えてたわけぢゃないんですけど…」と容疑を否認している。しかし家元さんはたびたび同様の流血事故を起こしており、当局は今回の事件との関連を含め家宅捜査も視野に入れ厳しく追及していく方針だ。




お願いだから、

2番目の引き出しを調べるのだけはやめてくれ。





って、パスワード化最初のネタがこれって、どーよ?!

でもこれ、実話なんだよねぇ★
  1. 2008/07/08(火) 07:31:12|
  2. その他
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T.W.O 結果

解読できるかな?
080705-194426.jpg



080705-194554.jpg




  1. 2008/07/06(日) 19:55:55|
  2. スカッシュ
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T.W.O in 蕨 本戦1回戦(訂正版)

これが正しい。
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O根田選手と「二人で協会を乗っ取り、全日本はラリー11点3ゲームスマッチ、1日1試合にしてしまおう!」と語り合い、盗んだママチャリで走り出す家元44の昼
  1. 2008/07/06(日) 14:11:20|
  2. スカッシュ
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もう審判なんてしないなんていわないよなんていわないよ絶対。 (2)

その(2)をつらつら書いたんだけど、どーも伝わらないかなぁと感じたので、これまでの総括も含め、要旨を簡潔に述べることにする。言葉足らずかもしれないけど、この方が伝わりやすいと判断したので。



1.家元の姿勢は一貫して「批判上等!」

→よって「審判を批判してはいけない」や「家元を批判しちゃイヤよ」とは言っていない。
(ただしこの「TEAM KANO戦記」では、匿名での批判コメントを禁止している。家元がここでする批判は、必ず実名)


2.ミスジャッジを批判すると、『審判したくない』という人を生み出してしまう。

→だからといって、「審判や家元を批判してはならない」とも言っていない。


3.(批判上等!ではあるけど)「他者の苦しみは、おのれの喜び」という姿勢で批判するのはよくない。


4.「他者の苦しみは、おのれの喜び」という意識はなくとも、批判するということ自体、その性格を帯びてしまうことからは逃れられない。


5.だから批判する時は、同時に(もしくは前後に)「他者の苦しみは、おのれの苦しみ。他者の喜びは、おのれの喜び」という慈悲・祝福をセットでする。


6.審判を批判する時にセットですべき慈悲・祝福の具体策

①審判を買って出る。
ジャッジングに関してどうのこうの言う能力のある人は、審判をする能力がある。審判ができない理由を、私は思い付かない。
審判を批判する者は、すべからく審判を務めるべし。

②ナイスジャッジを褒める。
「ミスジャッジを批判する」と「ナイスジャッジを称賛する」のバランスは、現状大きく崩れている。ミスジャッジに比べてナイスジャッジが極端に少ないわけではない。審判が正当に評価されていないだけである。






私はこのブログで「称賛すべきものを称賛し、批判すべきものを批判」している。意図的に称賛すべきものを探して数多く紹介するのは、批判すべきものを批判するため… ではないけど、結果としてその効果はあると思っている。




「お姫様や野獣にかけられた呪いを解くのは、王子様のキスや美女の真実の愛」だと、我々は幼いころから学んできはずだ。

いざ、祝福を!
  1. 2008/07/06(日) 03:34:43|
  2. スカッシュ
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もう審判なんてしないなんていわないよなんていわないよ絶対。 (1)

「呪いと批判」を書いたときの参考文献(という名の、パクリ元♪)で内田樹は「呪い」に関しこう書いている


気づかぬうちに私たちの社会には「他人の苦しみをおのれの喜びとする」タイプのマインドが瀰漫しつつある。
自分には何の直接的利益もない(どころか、しばしば不利益をもたらす)にもかかわらず、それによって自分以上に苦しむ人がいるなら、その苦しみを自分の「得点」にカウントする風儀がいつのまにか私たちの時代の「ふつう」になってしまった。

他人の苦しみをおのれの喜びとすることを「呪う」という。
この古い日本語がメディアから消えると同時に、日本中の人々がそれが「呪い」であることを知らずに、「呪い」の言葉を吐き散らすようになった。





私がミスジャッジをしたことは、誰にも利益をもたらさない(どころか、不利益をもたらす)。よって「ブログでエラソーなこと書いてるくせにミスジャッジしやがってザマねぇな。掲示板で叩かれてイイ気味だ」は呪いである。これには、『触らぬ神に祟りなし』の態度でよい。

やっかいなのは、<気づかぬうちに>、<それが「呪い」であることを知らずに、「呪い」の言葉を吐き散らす>人たちである。


批評性はつねに「呪い」に取り憑かれるリスクを負っている。もちろん私も例外ではない。例えば私がこんなのを書いたとする

ジャッジングに関してどうのこうの言える能力がある人には、審判をしない(できない)理由はない。まもなく自分の試合がある、いつも一緒に練習してる人の試合だからやりにくい、といった別次元の理由はあるけど。

審判をしない人は、ジャッジングに関してどのような能力があるのか不明である。それはどこの誰だかわからない人も同様だ。
もしかしたら、審判として優れた能力を有しているのかもしれない。だが、審判をしない人は、ジャッジングに関してどうこう言う能力や資格がないとみなされて然るべきである。



これは「審判やりもしないで文句タレてる卑怯者は、地獄に落ちるがよい!」という“呪いの話法”に、少しだけ取り憑かれている。もちろん私にはこれが呪いだという意識がない。『正しいことを言っている』正義のヒーローのつもりなのだ。
審判やりもしないあれこれ言う人たちは確かに卑怯者だが、彼らが地獄に落ちたところで私には何のメリットもない。それどころか、本来は共にスカッシュを愛する大切な仲間なのだ。地獄に落ちてもらっては私が困る。


これが“呪いの効果”だ。ジャッジングに関して正しいことを言ったのが、結果として「審判やって下手こいたら掲示板で吊し上げられちゃう。もう審判なんてしない!」という人を増やしてしまうのも同様に呪いの効果である。
そしてその呪いは、呪いを発した者に最も強く取り憑く。


私個人ではなく、ジャッジングそのものを批判した。それは正しいことなのだが、結果として「もう審判なんてしない!」という人を生み出してしまった。批判することによって、自身がカリブの海をさまよう呪われた海賊になってしまったのである。呪いを解くための金貨と生き血を手にいれなければならない。

金貨と生き血は、どうすれば手に入れることができるのか?


(つづく)
  1. 2008/07/04(金) 09:19:19|
  2. スカッシュ
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コントロールする能力

さて、SQ-CUBE CUP準々決勝西尾麻美vs小林海咲での判定に関する説明をしよう。前置きで書いた通り、「私の主観では」ということである。



小林がフォア前にドロップ

→西尾はそのピックアップをドライブで返す。

おそらくストレートを打つかクロスか迷ったのだろう、ストレートともクロスともつかないボールがコート中央ややフォアよりに飛ぶ

→小林はバックウォールから跳ね返ったボールをフォアハンドで打とうとしてプレーを止め、アピール(図3)




ここで私は、「小林はストレートドライブ(もしくはドロップ)を打つ」という“未来”を、小林の構えから想像した。
バック側前方へのドロップやボーストを打つ場合、ボールを当ててしまいそうな位置に西尾はいる。だが、小林の構えからそのショットが放たれるとは思えなかった。そしてストレートを打つのに西尾の位置は妨害していないと判断。よって「ノーレット」と判定した。



後日見せていただいたこのシーンの画像では、私の頭の中で描いた図よりも西尾の位置はTの右にいた。この位置で「ノーレット」はないと私も思う。ミスジャッジだった。



だが、より大きな問題はこの判定を誤ったことよりも、プレーヤー2人が「レット(もしくはストローク)」と判断した場面で、「ノーレット」としてしまったことだと思う。これによりプレーヤーからの信頼を失い、試合をコントロールすることができなくなってしまった。

前置きで挙げた例のように「プレーヤーAはレット、Bはノーレットと判断」した場面では、レット・ノーレットとちらと判定しようとも双方を納得させることはできない。これの正解がノーレットであり、レットとミスジャッジしてしまってもコントロール能力は失わない。



注目している試合でのキーとなったプレーは、「何ゲームの、カウントいくつで…」と(審判をしているときでも)私は正確に記憶している自負がある。だがこのシーンそのものは鮮明に覚えているが、試合の流れのどこかは「2ゲーム目後半か、3ゲーム目くらい」といった曖昧な記憶しかない。やはり冷静な判断ができていなかったのだと思う。反省し、今後に活かしていきたい。
  1. 2008/07/02(水) 16:16:21|
  2. スカッシュ
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実際には起こらなかった未来

SQ-CUBE CUPでの判定説明の前に、ノーレット/レット/ストロークの判定に関する一般論を述べる。「聞きたいのはそんなことじゃない!」だろうけど、本題を説明するのに一般論を理解してもらうことが必要だと考えるからだ。また、私が思っていた以上に一般論は理解されていないと感じたからでもある。わかっている方には言わずもがなではあるが、お付き合い願いたい。



以下の場面を想定して欲しい。


(プレーヤーは2人とも右きき)

プレーヤーAがコート左前方からバックハンドクロスドライブ

→プレーヤーBはフォアハンドボレーでストレートロングドライブ

→Aはこれを追ってコート右後方に向かって走りだしたが、Bとぶつかりプレーが止まる(図1)
ZU1_20080701205252.jpg


→Aはレットをアピールする



ここで審判は考える、「もし、プレーヤーBによる妨害がなく、プレーが続いていたとしたら」

「プレーヤーAはボールに追いつき、有効なリターンをすることが可能だった」

のか、あるいは

「Aはボールに追いつけず、有効なリターンはできなかった」

のかを。



「アウトorイン」や「ワンバウンドorツーバウンド」は客観的事実に対する判定なのに対し、この「レットorノーレット」の判定は、事実に対してなされるのではない。「どのような“実際には起こらなかった(その時点での)未来”を想像するか」に従ってなされる。

この想像は、「織田信長が本能寺で斃れず、その後も天下統一に向けて活動を続けていたら、今頃日本はどうなっていたか?」という謎掛けと同様のものである、スケールや選択肢の幅はずいぶん違うけど。
「日本の首都は現在の滋賀県安土町になっていた」や「日本の公用語はポルトガル語になっていた」といった説は、どんなにリーズナブルな説明を備えようとも、その正しさを実証することはできない。同様に、間違っていることを証明することもできない。「なるほど、確かに安土が首都になったかもしれない」や「そんなことありえへんやろ~!」といった妥当性の程度差があるだけだ。


既に過去となった出来事に関して「もし○○だったら、どうなっていたか?」という問いに対する、“客観的に正しい答え”や“客観的に間違っている答え”は存在しない。あるのは、「私はこうだと考える」という“主観”だけである。


プレーヤーAは主張する、「オレの脚力ならあのボールには追いついている。Bが邪魔にならなかったら有効なリターンができたんだ!」と。
一方のプレーヤーBは、「いや、Aの位置やボールのコースからAは追いつけない。もし仮に追いついたとしても、その時点でツーバウンド目がバックニックに入っている。有効なリターンはできない」と譲らない。
これらは、それぞれAの主観、Bの主観を述べている。

審判が下す判定も、『審判の主観』を示す行為である。どれかが客観的に正しく、客観的に間違っているのではない。



観客席にいたCさんは、「あれは明らかにノーレットだった」と言う。これは、『Cさんの主観では明らかにノーレットだった』ということである。Cさんが「明らかにノーレットだったのだから、レットと判定するのは客観的にオカシイ」と主張するのは論理的でない。「Cさんの主観では、レットと判定するのはオカシイ」ということなのだ。

「明らかにノーレット」を証明するには、全く同じ場面を再現し、プレーヤーBをどけてプレーヤーAにボールを追わせて、その結果追いつけないところを見せつけなければならない。もちろん、証明は不可能である。



もうひとつ。
(図1)は、「審判の頭の中で描いた位置関係」ということである。ところが、プレーヤーAの頭の中では(図2)が描かれているかもしれない。


位置関係は客観的事実だから、“客観的に正しい図”が存在するはずである。しかしそれでも、それぞれが頭の中で描く図が大きく違うことがある。見る位置によって図は違うものになったりもする。それぞれの主観で図を描くからである。



ノーレット/レット/ストロークの判定は、主観によってなされる。客観的に正しい、あるいは客観的に間違っている判定は存在しない。そうゆうものがあると思い込んでいると、理解できない世界がある。

  1. 2008/07/01(火) 20:59:57|
  2. スカッシュ
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